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第24回 環流文明研究会

2012/03/08 10:10 に user Super が投稿

24回 環流文明研究会は、予定通り、2012218日(土)午後4時から午後6時50分まで、三鷹市・駅前コミセンで行われました。出席者は、(敬称略)保坂、星野、神出、金子、池田、木下、犬塚、小関、染谷でした。

 

今回は「インドにおける「循環の思想」に関する考察」と題して保坂俊司氏(中央大学総合政策学部教授)が発表されました。

 

環流文明研究会の中心テーマの一つは、環流(循環)です。すべて環流で成り立つのが宇宙であり自然だとすれば、文明は例外とってよいでしょう。文明が成り立つためには環流ではなく、滞留であり、集中であり、一方的な働き掛けしかないからです。文明は自然ではありません。宇宙の法則、自然の法則を無視した、まさに不自然な働きで動いているのです。

 

世界を環流と見る文明がインドの文明でした。それが文明だとすれば、例外的な文明だったことになります。そういう不思議な文明にアクセスする機会となりました。

 

保坂さんは「循環」ないし「循還」という言葉を選びました。(「環流」との違いには触れていませんでした)。

 

循環を論じるうえで時間と空間を明らかにする必要を提起しました。そして「時間」に関してインドでは「直接感覚知によって把握」されると説明しました。(この「直接感覚知」的な把握というのは、前回の「「虫の視点」的言語文化につながると思いました。」

 

輪廻は「流れの集まり(samsara)」、仏教では、「諸行無常」、「生生流転」と説明されました。(そこでの時間空間はどうなのでしょうか?、さらに訊いてみたいところです)

 

創造・維持・破壊がそれぞれ別個でありながら、「相互浸潤」している。「三即一」という考え方が示されました。「生のなかに死があり、死のなかに生がある」といいます。(こういう考え方は、西田の「絶対矛盾の自己同一」に通じるように思いましたが、どうでしょうか?)。いずれにせよ、対立的にとらえる見方に対するアンチテーゼ(もっとも、そうした言い方自体が対立的見方ですが)で、環流文明を考えるうえで参考になるように思います。

 

「相互浸潤」、「三即一」は「多にして一」にも通じます。(インドネシアではそれをbhinneka tunggal ika)ということばで表現し、多民族・多文化・多宗教をかかえた国家統一のための国是としています(これは日本と対極的です。日本の強さと弱さにもつながります)。ちなみにアメリカのe pluribus unum(多様から一)と似ていますが、e(「から」の意)が付いているところに大きな意味合いの違いを感じます。 また、仏教のマンダラ(大日如来と衆生の往還)、あるいは「一切衆生悉有仏性」にも通じますね。イスラムのtauhid(多にして一)にも通じますね。(これらの諸思想についてはいずれ研究会でさらに議論していきたいと思っています)。

 

保坂さんは、アショーカ王やガンディーと、始皇帝や毛沢東を比較し、前者にインド思想の現れを見ました。権力者が富を自己のために保有せず、社会に「放流」(このことばが適切かどうか判りませんが)するという思想ですね。始皇帝や毛沢東の背景にあった権力者のための世界という考え方と対比されました。(これと、過去・現在・未来を通じた直線的な世界観とどう結びつくのか、よく判りませんでした)。

 

「相互浸潤」は自己と他者の間にも「自他同地(同置)」という言葉にも見られるといいます。それは、西洋的な意味での(耐える、許すといった意味合いを持つ「寛容(tolerance)」とは大違いですね。

 

議論のなかで印象的なのは、猛烈な経済発展を遂げているインドで果たして伝来の思想はどう働くのか、あるいは崩れていくのか、という問題でした。もし伝来の思想が働くのでれば、環流文明に大きなヒントを与えてくれるはずですが、後者であれば、・・・?となります。そこに日本の自動車メーカーが関わっているために大いに関心をもつところです。

 

「貧しさ」を運命と受け止める伝統思想が崩れつつあることが示唆されました。そこに後者(伝統の崩壊)の傾向が見えるように思いました。富を可能な限り平等に分配する環流文明の観点からは評価したいですね。しかしそれが環流思想の伝統と矛盾するというのは謎です。インドの伝統そのものが矛盾していたということになりましょうか?

 

今回は、たとえば日本における「循環」が「変形」(?)していることなどがちょっと示されましたが、討議する時間はありませんでした。議論すべき項目はたくさんあります。いずれの機会にまた継続したいと思っております。

 

今回も、世界化した文明を主導する文化が近代西欧文化であり、(前回、星野さんが提起されたように)その主流に対する副流がますます力を付けつつも、まだ及ばないのはなぜか、経済発展を遂げつつあるインドで伝統文化が力になれないかもしれないのはなぜか、がちょっと議論されました。まだまだし尽くされいてません。今後の課題としたと思います。(文責:染谷)

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