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「文明」に関して (染谷 臣道)

2011/05/17 8:25 に user Super が投稿
「文明」に関しては、先日の王さんの発表のときにもコメントした通り、おそらくどの国や文化でも明確に定義されることなく使われてきたと思っています。ただ「良い文化」「優れた文化」とか「進んだ文化」という価値を付けられて使われてきたと思います。いうまでもなく西欧が西欧文化を自画自賛し、他に優越するためという政治的意図も含まれていました。その効果は絶大でした。明治維新以降、「文明開化」を旗印に突き進んできた日本はその意図にまんまとはまりました。一日も早く西欧の仲間入りを果たしたいという悲願を抱いてきました。「脱亜入欧」です。(昨日のテレビのインタビューに答えていた原発推進者の中曽根さんの発言にもそれが明白でした)。

 ここで明らかにしておきたいことは、「文明」を科学技術と精神文化から成るとみた場合(これはこの前の王さんの「文明」でもありました)、前者は前進ないし向上するものの、後者は前進とか向上という言葉と馴染まないということです。科学技術は実証性に基づき、累積性があるからです。しかし精神文化にはそれがない。文明以前の石器時代人の精神文化がどれほど深かったかは、それを実証するものがないために、「傍証」によってしか確かめられませんが、かなり深かった、むしろ文明人よりも深かったのではないかとさえ思っています。文明人の方が高い精神文化をもっているように見えるのは(記文技術やそれに基づく分析統合技術のような)科学技術によって補佐され、明示化されるからでし ょう。(ただ、科学技術についても、果たして「進歩」が馴染むのか、と疑問をもっています。たとえば、石器のなかでも最高の段階に達した細石器の製作技術には驚かされます。高度な技術をもつ現生人でさえ細石器を作れる人がいるでしょうか。もっとも、細石器の時代は1,2万年前ですので、文明人と同時代という見方もできますが)。

 現実には文明=科学技術という形で語られ、認識されてきたことは大変な不幸だったということです。私は文化なり文明は変化はするが、「進歩」はしない、あるいは「進歩」という言葉で語るのは危ないと思っています。価値を含んでしまうからです。

 西欧に自らをひきつけようとするスタンスの裏に非西欧蔑視があります。非西欧への蔑視ないし無関心。日本人には今でもそれが尾を引いています。私はインドネシアに長いこと関わってきましたが、インドネシアとりわけジャカルタにいる日本人に嫌というほどそれを感じてきました。彼らはインドネシア人を「ネシア人」と呼びます。「遅れた国」「劣った国」「遅れた民族」「劣った民族」と頭から軽蔑しているのです。それが「ネシア人」という呼び方に込められているのです。この優越意識は何もインドネシア人に対してだけではありません。全ての非西欧への意識です。

 そこに善意が加わると、「だから助けてあげなくちゃならない」という温かい思いやりの気持ちが出てきます。「発展途上」国に出向くボランティアにも見られます。善意は大いに讃美されなければなりませんが、しかしこれも要注意です。彼らの文化を理解していないし、理解しようともしていないからです。「教えてあげる」という優越意識からは学ぼうという態度は出てきません。残念なことに研究者の中にもそういう人は多いのです。とりわけ政治学者や経済学者はほとんどがそういう人です。当然ながら彼らが現地の研究者や人々に歓迎されるはずはありません。むしろ反感を持たれ、軽蔑されます。もっとも、あからさまな反感や軽蔑の態度は出さず、尊敬したふりをします。それが礼儀だと心得て いるからであり、日本人研究者がもってくる研究費にありつけるというしたたかな打算もあります。とはいえ、彼らが心の中では反感ないしh軽蔑していることを私は彼ら自身から聞いています。そのとき私はインドネシア人になっていることに気付きます。

 「文明」を「優秀な文化」と見る価値観を込めた見方は不毛だと思います。価値をめぐる永遠の論争になってしまうからです。梅棹さんは「文明の生態史観」で日本が決して劣っていないことを示そうとしました。イギリスと同じ位置に立たせました。西洋コンプレックスに悩まされていた日本人には受けました(当時は学部生だった私もその一人でした)。それほどに日本人はコンプレックスの塊でした。後にJapan as no.1などという本に浮かされたのも同根です。残念なことに、比較文明学会にも西欧文明礼讃その反対の自文化礼讃のコンプレックスの塊のような人が多いのです。だから「比較文明」に関心を寄せたのでしょう。

 私はそうした論争から距離を置きたいと思っています。不毛だからです。そして「文明」そのものの構造とその構造から必然的に出てくる功罪を考えたいのです。言うまでもなく、功罪は人間の心身から見た功罪です。その人間は動物ですから自然そのものです。そしてその自然(人間は人間自身が作り上げた文化を纏ってはじめて生きられる生き物ですから(文化の<内にある自然>すなわち<内なる自然>と呼んでいます)はいわゆる自然(私はそれを<外なる自然>と呼んでいます)がなければ生きられませんので両方の自然が健全であるかどうか、という観点から文明を見たいと思います。そうすると、古今東西の「文明」で「合格点」を付けられる文明はなかったということになります。

 前にもお話ししたように、私のいう「文明」はレヴィ=ストロースの「熱い社会」の概念を根底に置いています。彼は「熱い社会」を「文明(civilisation)」とは呼んでいません。フランス語のcivilisationにも独特のニュアンスが込められているからでしょう。彼は「熱い社会」を圧力差で作動する蒸気機関に例えました。圧力差それは人間社会では格差、命令する者と命令される者の格差に他なりません。そして自然を人間のためにあるもの、それを利用してよいものとみなす格差です。

 まず文明そのものが格差構造を持っているというところで不合格になります。しかし格差抜きで文明は成立しませんので文明そのものが不合格などといったら立つ瀬がありません。文明礼讃者の反感を買うのは当然ですが、私はそう思っています。そんな文明をなぜ人間は築き上げたのか、という疑問は当然ですが、文明を構築した人間たち(命令することができる者たち)は人間の一部であり、他の多くの人間は命令される者たちで文明を作ったわけではない。彼らは人間とはみなされず動物と見做されたのだと思います。ちょうど植民地時代、支配者のオランダ人に「お前たちは動物なんだ」と言われ続けたインドネシア人のように。文明を構築した人間にとって文明は利器ですが、そうでない人たちにとっ ては凶器ですね。(福島原発事故をめぐる東京人と福島県民の違いですね。福島県民に同情しつつも、結局は原発肯定者を知事に選んだ都民は文明を利器と考える人たちですね)。

 とはいえ、文明史はその不都合ないし罪を改めようと懸命な努力を払ってきた歴史だったと思いますが、今振り返ってみると弱い人々や自然(外なる自然)を犠牲にして取り繕ってきたのではないでしょうか。そうした弱い部分からの反逆が今、世界のあちこちに現れているのではないでしょうか。果たして取り繕いが成功するのかどうか、少なくとも今のような文明では無理ではないか、「合格」点を付けられるところまで行くにはどうしたらよいのか、それは環流しかないのではないか、というのが私の考えです。
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